- アトラクション効果は、三つの選択肢があるときデコイがあるとターゲットが選ばれやすくなる現象です。
- デコイがどう劣っているかよりも、ターゲットとデコイの非対称性が強さの鍵だとされます。
- 選択肢の見え方や並べ方が判断の偏りに影響し、知覚判断でも同じように働くことがあります。
なぜ私たちは、選びにくいはずのものに引き寄せられてしまうのでしょうか
買い物や進路、仕事の選択など、私たちは日々「選ぶ」場面に直面しています。
二つの選択肢を比べるだけなら、まだ落ち着いて考えられるかもしれません。
けれど、そこにもう一つ、あまり魅力のなさそうな選択肢が加わったとき、不思議なことが起こる場合があります。
本来なら無視されるはずのその選択肢が、
なぜか私たちの判断全体を変えてしまうことがあるのです。
心理学では、この現象を**アトラクション効果(attraction effect)**と呼びます。
今回紹介する研究は、この効果が「なぜ」「どんな条件で」起こるのかを、
知覚にもとづく判断という視点から、非常に丁寧に調べたものです。
アトラクション効果とは何か
アトラクション効果とは、三つの選択肢があるときに起こる現象です。
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一つ目は「ターゲット」と呼ばれる選択肢
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二つ目は、それと同じくらい魅力的な「競合(コンペティター)」
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三つ目が、明らかに劣っている「デコイ」
このデコイは、誰から見ても一番よくない選択肢です。
それにもかかわらず、デコイが存在することで、
ターゲットが競合よりも選ばれやすくなることがあります。
これは、「選択は合理的に行われる」という考え方に疑問を投げかける現象として、
長年研究されてきました。
知覚の判断では、なぜ結果が安定しなかったのか
これまでの研究では、価格や性能などを比べる「価値判断」の場面で、
アトラクション効果は比較的一貫して観察されてきました。
ところが、形や大きさといった、目で見て比べられる特徴を使う
知覚判断では、結果がばらついていました。
ある研究では効果が見られ、
別の研究では弱くなり、
ときには逆の結果が報告されることさえありました。
研究者たちは、この不安定さの理由が、
「デコイがどのように劣っているか」にあるのではないかと考えました。
「どのように劣っているか」が重要だった
この研究の中心となる考え方が、
**支配の非対称性(asymmetric dominance)**です。
従来は、「どの属性で劣っているか」という視点が重視されてきました。
しかし研究者たちは、それよりも重要なのは、
実際に二つを並べて選ばせたとき、どちらが選ばれるかという、
行動そのものだと考えました。
つまり、
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ターゲットとデコイを比べると、ターゲットがはっきり選ばれる
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競合とデコイを比べると、どちらが良いかははっきりしない
このような項目全体としての非対称な関係があるかどうかが、
アトラクション効果の鍵になる、という考え方です。
実験で何が確かめられたのか
研究チームは、四つの実験を行いました。
まず、二つの選択肢だけを比べる実験では、
従来使われてきた長方形の図形と、新しく作られた星形の図形を用いました。
その結果、星形の図形では、
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ターゲットとデコイの優劣が非常にはっきりしている
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競合とデコイでは、その優劣が分かりにくい
という、明確な非対称性が確認されました。
一方、長方形の図形では、
非対称性は存在するものの、星形ほど明確ではありませんでした。
三つの選択肢を同時に見せるとどうなるか
次に研究者たちは、三つの選択肢を同時に提示する実験を行いました。
配置は、これまで効果が出にくいとされてきた「三角形配置」です。
星形の刺激を使った場合、
この配置でもはっきりとしたアトラクション効果が確認されました。
つまり、
二つずつ比べたときに明確な非対称性があれば、
三つを同時に見せても、判断の偏りは生じる、ということです。
一方で、長方形の刺激では、
効果は見られませんでした。
しかし、逆の効果が出たわけでもありません。
研究者たちは、これを「効果がない状態」、
つまり真のゼロ効果だと解釈しています。
「逆効果」に見えた過去の研究を見直す
さらに研究者たちは、
過去に「逆の効果が出た」と報告されていた研究データを再分析しました。
その結果、条件を整理して見直すと、
実際には明確な逆効果は確認できず、
やはり「効果が見られない状態」に近いことが示されました。
このことから、研究者たちは、
アトラクション効果が反転するというよりも、
非対称性が弱いと、効果そのものが現れなくなる
と考えています。
この研究が示していること
この研究は、次の点を静かに示しています。
アトラクション効果は、
価値判断か知覚判断かという違いではなく、
デコイがターゲットに対して、どれだけはっきり劣っているか
によって左右される。
そして、選択肢の配置や見え方は、
その関係に気づきやすくするかどうかに影響する。
私たちの判断は、
「合理的に計算した結果」だけでなく、
「どの比較が目に入りやすいか」によって、
静かに方向づけられているのかもしれません。
わからなくても、理由はある
なぜかこちらを選んでしまった。
あとから考えると、不思議に思える。
そうした経験の背景には、
この研究が示したような、
人の認知の特徴が関わっている可能性があります。
すぐに答えが出る話ではありません。
けれど、わからなさの奥には、
たしかに理由があります。
この研究は、その理由の一端を、
とても静かなかたちで照らしています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1661748)
