ゆるすかどうか、子どもは何を基準に決めているのか?

この記事の読みどころ
  • 子どもは4〜6歳くらいで、ゆるすかどうかを「わざとかうっかりか」と結果の良し悪しの両方を考えて決める。
  • 仲間には「気持ち」を重視し、外の人には「結果」を重視して判断することが多い。
  • このゆるし方は、意図・結果・相手とのつながりを組み合わせた多層的な判断として育つと考えられている。

子どもは「わざと」か「結果」かで、ゆるし方を変えている

子どもは、他人から嫌なことをされたとき、どのように「ゆるす」のでしょうか。
ただ被害の大きさだけを見て判断しているのか、それとも相手の気持ちや意図まで考えているのでしょうか。

この問いに対して、中国の教育・心理学研究者による大規模な実験研究は、興味深い答えを示しています。
子どもはすでに幼児期から、「相手がわざとやったのかどうか」と「その結果どうなったか」を天秤にかけながら、ゆるすかどうかを判断していたのです。

さらに、その判断は、相手が「仲間か、そうでないか」によっても変わっていました。


ゆるしは、子どもにとっても重要な社会的判断

ゆるし(フォーギブネス)は、人間関係を修復するための重要な心の働きです。
誰かに傷つけられたとき、怒りや不快感を持ちながらも、それを手放し、関係を続けようとする行為でもあります。

この研究では、ゆるしを「相手に対する否定的な気持ちや行動を自ら手放し、前向きな関係を回復しようとする心のプロセス」と捉えています。

幼児期は、所有意識が強まり、衝突が増える時期でもあります。
そのため、この時期のゆるしのあり方は、その後の人間関係や感情調整の発達に深く関わると考えられています。


実験1:子どもは「わざと」と「うっかり」を見分けている

最初の実験では、4〜6歳の子ども178人が参加しました。
子ども自身が被害者となる状況が設定され、他者によって自分の絵を汚されるという出来事を体験します。

ここで操作されたのは、次の2点です。

  • 相手がわざと汚したのか、それともうっかりだったのか

  • 絵が汚れた結果、得をしたのか、損をしたのか

その後、子どもは10本の花を渡され、「相手にあげたい分だけ花を渡してよい」と言われます。
この花の数が、子どもの「ゆるし」の指標として使われました。


結果1:結果よりも「わざとかどうか」が強く影響する

分析の結果、いくつかの明確な傾向が見えてきました。

まず、子どもは4歳の段階ですでに、相手の行為が意図的か偶発的かを正しく理解していました。
そして、うっかりだった相手の方を、明らかによくゆるしていたのです。

さらに注目すべきなのは、次の点です。

  • うっかり汚して「悪い結果」になった相手

  • わざと汚して「良い結果」になった相手

この2人を比べたとき、子どもは前者の方をより強くゆるしていました

つまり、結果が良くても「わざと」は評価が低く、結果が悪くても「うっかり」はある程度許容されていたのです。


子どもは、すでに複雑な判断をしている

この結果は、子どもの道徳判断が単純ではないことを示しています。

「ひどい結果だったからダメ」という一方向の判断ではなく、
「どんな気持ちでやったのか」という内面的な情報を重く見ているのです。

研究者たちは、この傾向を、幼児期に進む「意図重視」への発達の一例と捉えています。


実験2:相手が「仲間」かどうかで、判断基準が変わる

次の実験では、さらに重要な要因が加えられました。
それが、集団の違いです。

子どもと同じグループの相手(内集団)か、別のグループの相手(外集団)かによって、ゆるしの判断がどう変わるのかが調べられました。

子どもは、帽子やリストバンドによって「同じグループ」「違うグループ」を明確に認識したうえで、同様の被害場面を経験します。


結果2:仲間には「気持ち」を、他人には「結果」を重視する

この実験で明らかになったのは、非常に一貫したパターンでした。

  • 内集団の相手に対しては、子どもは「わざとかどうか」を重視する

  • 外集団の相手に対しては、「結果が良かったか悪かったか」をより重視する

つまり、同じ出来事でも、相手が仲間であれば「悪気がなかったか」を見ようとし、
仲間でなければ「実際に何が起きたか」を基準に判断していたのです。

この傾向は、4〜6歳という早い段階ですでに確認されました。


なぜ、こんな違いが生まれるのか

研究者たちは、この違いを「集団への帰属意識」と結びつけて考えています。

内集団の相手に対しては、心理的な距離が近く、共感もしやすいため、
行為の背景にある意図まで理解しようとします。

一方、外集団の相手に対しては、信頼や感情的な結びつきが弱いため、
より慎重で防衛的になり、結果そのものを重視する判断が選ばれやすくなります。


文化的背景も影響している可能性

この研究は中国で行われており、研究者は集団志向の文化の影響にも言及しています。

集団の調和を重んじる文化では、
「仲間内では関係を壊さないこと」が重視され、
そのために意図をくみ取る判断が早くから育つ可能性があります。

子どもたちは、家庭や園生活、社会的な語りの中で、
こうした価値観を日常的に学んでいると考えられます。


子どものゆるしは、単純ではない

この研究が示しているのは、
子どものゆるしが「結果だけ」「気持ちだけ」で決まるものではないということです。

  • 相手の意図

  • 起きた結果

  • 相手との関係性

これらを状況に応じて使い分ける、柔軟で多層的な判断が、すでに幼児期に始まっていました。

道徳的な思考は、空白の状態から自然に育つものではありません。
子どもは早くから、社会の中で生きるための「判断の型」を学び、使い始めているのです。

この研究は、そうした子どもの静かな思考の働きを、丁寧に可視化したものだと言えるでしょう。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1720622


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