「きれいごと」は、公務員の仕事満足を支えているのか?

この記事の読みどころ
  • 環境理念が現場の満足感につながるには、理念を制度や関わり方にしっかり落とし込むことが必要です。
  • 理念が「きれいごと」ではなく組織の性格として感じられ、現場の人の働く意味づけに入り込むと満足感が高まります。
  • AIで管理すると理念が薄まり数値優先になりやすく、満足感が下がることがあると指摘されています。

環境理念は、現場の満足感に本当に効くのか

「環境にやさしい組織を目指します」
「持続可能性を重視します」

こうした理念やスローガンは、どの組織でも当たり前のように掲げられています。しかし、現場で働く人にとって、それは本当に意味のあるものなのでしょうか。ただの建前や、きれいごとに過ぎないと感じられてはいないでしょうか。

この論文は、その疑問に正面から向き合っています。
中国の公的機関で働く公務員を対象に、「環境を大切にする」という理念が、実際に仕事のやりがいや満足感につながっているのかを検証した研究です。研究を行ったのは、中国のランジョウ財経大学 公共管理学院江西財経大学 工商管理学院です。


理念が「効く」とは、どういう状態なのか

研究者たちは、まず「理念が効く」とはどういうことなのかを整理しています。ここで重視されたのが、グリーン組織アイデンティティという考え方です。

これは単に「環境に配慮していますと書いてある」という話ではありません。
自分が働く組織について、

  • この組織は、本気で環境や持続可能性を大切にしている

  • その価値観は、仕事の進め方や制度に反映されている

  • その一員であることに、ある種の誇りを感じられる

こうした感覚が、職員の中にどれだけ育っているかを指します。
理念が「効く」とは、頭で理解されるだけでなく、自分の所属意識や意味づけにまで入り込んでいる状態だと、この研究は捉えています。


スローガンだけでは、満足感は生まれない

調査の結果、まずはっきりしたのは、理念そのものが魔法のように効くわけではない、という点です。

環境理念が仕事の満足感につながるかどうかは、
それがどのように現場のマネジメントに落とし込まれているかに強く左右されていました。

研究では、環境理念を人材管理に反映するやり方として、二つのタイプが区別されています。


「きれいごと」を制度に落とした場合

一つ目は、環境理念を制度やルールとして明確に組み込むやり方です。

たとえば、

  • 環境配慮が評価項目に含まれている

  • 手続きや業務の進め方に、環境基準が組み込まれている

  • 上下関係や責任の所在が明確な形で運用されている

こうした、やや堅く、管理色の強い方法です。
一般には「窮屈そう」「やらされ感が出そう」と思われがちですが、この研究では、公務員の場合、むしろ満足感が高まっていました

理由は、理念が「曖昧なスローガン」ではなく、「守られるべき前提」として扱われていたからです。
ルール化されることで、理念が本気だと伝わり、「その価値観の中で働いている」という実感が生まれていました。


「きれいごと」を対話と支援に落とした場合

もう一つは、環境理念を人との関わりや支援を通して浸透させるやり方です。

  • 意見を聞いてもらえる

  • 取り組みの意味が共有される

  • 無理のない形で参加できる

  • 職員のウェルビーイングが気にかけられている

このタイプのマネジメントでは、理念は「上から降ってくる言葉」ではなく、「一緒につくっていく価値」として感じられます。

この場合も、仕事の満足感は高くなっていました。
理念が、現場の経験や感情と結びついたとき、やはり「効いている」と言える状態が生まれていたのです。


満足感を生んでいたのは「理念そのもの」ではなかった

この研究で重要なのは、
どちらのやり方でも、理念がそのまま満足感を生んでいたわけではないという点です。

環境理念が仕事の満足感につながるには、必ず一つの段階を経ていました。

それが、
「この組織は、環境を大切にしている組織だ」
「自分は、その価値観の一部として働いている」
という認識、つまりグリーン組織アイデンティティです。

理念は、それ自体では効きません。
理念が組織の性格として内面化されたときにだけ、やりがいや満足感に結びついていました。


AIが入ると、理念は逆に薄まることもある

さらに興味深いのは、AIが関わった場合の結果です。

環境理念を、評価や管理の仕組みにAIで組み込むと、
むしろ「この組織らしさ」が感じにくくなる傾向が見られました。

AIによる管理は効率的ですが、

  • 判断の理由が見えにくい

  • 人の裁量が感じられない

  • 「理念」より「数値」が前に出る

こうした状態では、理念が再び「きれいごと」に戻ってしまう可能性が示されています。
制度があるのに、そこに人の意志や価値が感じられないと、理念は満足感を支えなくなるのです。


この研究が示している、静かな結論

この論文が示しているのは、
「理念は大事か、不要か」という単純な二択ではありません。

理念は、

  • 現場の制度や関係性に本気で組み込まれているか

  • 組織の性格として感じ取れるか

  • 人の仕事の意味づけに入り込んでいるか

その条件がそろったときにだけ、
やりがいや満足感に、確かに効くものになります。

掲げるだけのスローガンは、何も生みません。
しかし、理念をどう扱うか次第で、それは現場の感覚を静かに支える力にもなり得る。

この研究は、その現実を、数字と経験の両方から示しています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1624891


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