- 研究は普段の生活で光と眠気・認知課題の関係を測る試みだった。
- 直前に浴びた明るさが強いほど、眠気を感じにくくなり、反応時間が少し速くなることがあった。
- 日中の光の安定性や光の習慣が、視覚探索や注意の成績に影響することがあり、個人差も大きい。
光は、私たちの「考える調子」にどこまで関わっているのか
私たちは毎日、さまざまな光の中で生活しています。朝の自然光、室内照明、夜の街灯やスマートフォンの画面。こうした光が眠気や生活リズムに影響することは、多くの人が経験的に知っています。
では、その光は、注意力や反応の速さ、記憶の働きといった「考える力」にも、日常の中で影響しているのでしょうか。
この問いに対して、イギリスのマンチェスター大学を中心とする研究チームは、実験室ではなく普段通りの生活の中で検討を行いました。
実験室を出て、日常そのものを測る
この研究の特徴は、参加者に生活習慣を変えさせない点にあります。対象となったのは、交代勤務や時差の影響を受けていない成人です。
参加者は約1週間、
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手首に装着するセンサーで、日常的に浴びている光の強さや変化を記録し
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スマートフォンのアプリを使って、眠気の自己評価と複数の認知課題を1日に何度も行いました
測定は、仕事中や移動中、休憩時間など、日常のさまざまな場面で行われています。研究者は、あえて「きれいに整った条件」を作らず、現実の生活の揺らぎをそのまま捉えようとしました。
直前の光が、眠気の感じ方を変えていた
分析の結果、まず明確に見えてきたのは、直前に浴びていた光の明るさと眠気の関係です。
過去30分から2時間ほどの光が明るいほど、参加者は「眠気が弱い」と感じやすい傾向がありました。この関係は、時間帯や起床からの経過時間、前夜の睡眠時間を考慮しても残っていました。
つまり、「朝だから目が覚める」「夜だから眠くなる」という単純な話だけではなく、その直前にどんな明るさの中にいたかが、主観的な覚醒感に関わっていたことになります。
明るい環境では、反応が少しだけ速くなる
眠気だけでなく、認知課題の成績にも光の影響が見られました。
直前に浴びていた光が明るいほど、
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注意を持続する課題
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作業記憶を使う課題
において、反応時間がわずかに短くなる傾向がありました。変化は数十ミリ秒単位と小さなものですが、暗い環境と比べると一貫した差として現れています。
重要なのは、反応が速くなってもミスが増えたわけではなかった点です。研究結果は、光が無理に反応を早めているのではなく、覚醒水準を高めることで、自然な処理の速さを支えている可能性を示しています。
その日の光だけでなく「光の習慣」も影響していた
研究チームは、1週間を通した光の浴び方の傾向にも注目しました。
その結果、
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日中に比較的明るい光を浴びている人
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光のパターンが日ごとに大きく乱れない人
ほど、視覚探索や注意に関わる課題で、全体的に良い成績を示す傾向がありました。
これは、単発の「明るさ」だけでなく、日常的な光環境の安定性が、認知機能の土台に関わっている可能性を示唆しています。
光への反応は、人によってかなり違う
一方で、光と認知機能の関係には大きな個人差も見られました。
多くの人では「明るいと調子が良い」傾向がありましたが、その強さや現れ方は人それぞれでした。研究チームは一部の参加者に対して、実験室で光への感受性を測る検査も行いましたが、それだけで日常での反応を正確に予測することはできませんでした。
光への感受性は、固定された性質というより、生活リズムや環境と結びついて変化する側面をもっている可能性があります。
光は、静かに積み重なって効いている
この研究が示しているのは、「明るい光を浴びれば一気に頭が良くなる」といった単純な話ではありません。
そうではなく、
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直前の明るさが眠気や反応の速さに影響し
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日中の明るさや光の安定性が、認知機能の基盤を支えている
という、小さな影響が積み重なる構造です。
私たちは「集中できない」「今日は調子が出ない」と感じるとき、その理由を意志や努力に求めがちです。しかし、その背景には、気づかないうちに置かれている光環境という要因も含まれているのかもしれません。
日常の中で当たり前に存在している光が、思考の調子を静かに形づくっている。
この研究は、その理由を、現実の生活のデータから示しています。
(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-025-00373-9)
