私たちは、4/4拍子でできている

この記事の読みどころ
  • グルーヴは音楽を聴くと体を動かしたくなる体験で、予測のズレが関係している。
  • 4/4拍子では中程度のリズムの複雑さが最もグルーヴを生みやすいが、非4/4拍子では単純なリズムのほうが動きやすいと分かった。
  • 楽しさと動きたくなる感じは必ずしも同じではなく、拍子の経験が予測の仕方を変える。

音楽を聴いていると、気づかないうちに体が動いてしまうことがあります。足でリズムを刻んだり、首を揺らしたり、場合によっては立ち上がって動きたくなったりします。この「動きたくなる感じ」は、音楽心理学ではグルーヴと呼ばれています。ただ楽しいという感情とは少し異なり、身体的な衝動を伴う体験です。

本稿では、カナダのコンコルディア大学心理学部とモントリオール脳・音楽・音響研究センター(BRAMS)などの研究グループが、音楽の拍子とリズムの複雑さがグルーヴ体験にどのように関係しているのかを調べた研究をもとに、その内容を丁寧に整理しますfileciteturn0file0。

グルーヴはどこから生まれるのか

これまでの研究では、グルーヴはリズムの複雑さと深く関係していると考えられてきました。リズムがあまりにも単純だと予測どおりすぎて退屈になり、逆に複雑すぎると先が読めず、体を合わせにくくなります。そのため、多くの研究で「中くらいに複雑なリズム」が最も強いグルーヴを生み出すと報告されてきました。

この説明の背景には、予測符号化と呼ばれる考え方があります。人の脳は、次に何が起きるかを常に予測しながら世界を理解しています。音楽を聴くときも、過去の経験から拍子やビートを予測し、その予測がほどよく裏切られることで、心地よい緊張感が生まれると考えられています。

拍子は「当たり前」ではない

しかし、ここで一つ重要な問題があります。これまでのグルーヴ研究の多くは、4/4拍子の音楽だけを使って行われてきました。4/4拍子は、現代の西洋音楽、とくにポピュラー音楽で最も一般的な拍子です。

一方で、7/8拍子や5/4拍子のような、いわゆる非4/4拍子の音楽も存在します。これらは決して間違った拍子ではありませんが、西洋文化圏で育った多くの人にとっては、日常的にあまり馴染みのない構造です。

研究グループは、私たちが4/4拍子に強く慣れ親しんでいるからこそ、そこで予測とズレのバランスが生まれ、グルーヴが感じやすくなっているのではないかと考えました。

リズムの複雑さをどう測ったのか

この研究では、市販されている実際の楽曲63曲が使用されました。ロック、ファンク、インディー、エレクトロニックなど、複数のジャンルが含まれています。半分は4/4拍子、残りは非4/4拍子の楽曲です。

リズムの複雑さは、パルスエントロピーと呼ばれる指標で定量化されました。これは、音の出現タイミングがどれだけ予測しやすいかを、情報理論にもとづいて数値化したものです。数値が高いほど、リズムは不規則で複雑であるとされます。

最初の実験では、この指標が本当に人の感じるリズムの複雑さと一致しているかが検証されました。その結果、4/4拍子でも非4/4拍子でも、パルスエントロピーが高いほど「複雑に感じる」と評価されることが確認されました。

4/4拍子でだけ起きること

次の実験では、参加者が音楽を聴いたときに「どれだけ動きたくなったか」「どれだけ楽しいと感じたか」が評価されました。

その結果、4/4拍子の音楽では、これまでの研究と同じく、リズムが中くらいに複雑なときに最も強いグルーヴが生じました。動きたくなる感覚も、楽しさの評価も、逆U字型の関係を示しました。

しかし、非4/4拍子ではまったく異なるパターンが見られました。リズムが複雑になるほどグルーヴが強くなるわけではなく、むしろシンプルなリズムのほうが動きやすいと評価されたのです。楽しさについては、リズムの複雑さによる明確な変化はほとんど見られませんでした。

比較の仕方が影響しているのか

研究グループは、4/4拍子と非4/4拍子を交互に聴いたことが結果に影響している可能性も検討しました。そこで、拍子ごとにまとめて聴かせる条件でも同じ実験を行いました。

その結果、提示順序による違いはほとんど見られず、4/4拍子では中程度の複雑さが最もグルーヴを生み、非4/4拍子では単純なリズムのほうが動きやすいという結果が再現されました。

快楽と「動きたくなる感じ」は同じではない

この研究で興味深いのは、楽しさと動きたくなる感覚が必ずしも一致しなかった点です。非4/4拍子の音楽でも、楽しさ自体は4/4拍子と同程度に評価されていました。

つまり、私たちは音楽を楽しむことはできても、必ずしも体を動かしたくなるとは限らないということです。グルーヴは、単なる快楽ではなく、予測とズレ、そして身体との結びつきによって生まれる体験であることが示唆されます。

なぜ4/4拍子は特別なのか

研究者たちは、この結果を、長年の音楽経験によって形成された拍子の予測モデルの強さによるものだと解釈しています。4/4拍子は日常的に聴く機会が多いため、脳の中に安定した予測枠組みが作られています。その枠組みがあるからこそ、ほどよいズレが緊張感を生み、動きたくなる衝動につながるのです。

一方で、非4/4拍子ではその予測モデルが弱く、ズレによる緊張が生まれにくいため、単純なリズムのほうが体を合わせやすく感じられたと考えられます。

この研究が投げかける問い

本研究は、グルーヴがリズムそのものだけで決まるのではなく、私たちがどのような拍子に慣れ、どのような予測を持っているかによって形づくられていることを示しています。

音楽を聴いて体が動く。その当たり前に見える現象の背後には、文化的な経験と脳の予測の仕組みが静かに関わっています。グルーヴとは、音と身体、そして経験が結びついた、一つのまとまりとしての体験なのかもしれません。

(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-025-00360-0

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