オンラインになると、人はズルをしたくなる

この記事の読みどころ
  • 得をどう伝えるかと損をどう伝えるかで、不正の量が大きく変わるとは限らなかった。
  • ただし対面とオンラインでは違いがあり、オンラインの方が不正をする人が増える傾向があった。
  • 理由は匿名性や心理的距離の影響で、オンラインだと自分が誰に見られているかを感じにくくなるからだと考えられる。

オンラインだと、人は少しズルをしやすくなるのか

私たちは日常の中で、「得をする」ことよりも「損をしない」ことに、強く心を動かされることがあります。
同じ結果であっても、「報酬がもらえる」と言われる場合と、「報酬を失うかもしれない」と言われる場合では、感じ方が変わる。このような現象は、心理学ではよく知られています。

では、その「感じ方の違い」は、人の行動、特にズルや不正といった行動にも影響するのでしょうか。
さらに、その行動は、対面の場面とオンラインの場面で同じように起こるのでしょうか。

ドイツのザールラント大学とハイデルベルク大学の研究チームは、この問いを実験によって検討しました。


「得」と「損」の伝え方は、本当に行動を変えるのか

研究では、参加者に簡単な課題を行ってもらい、その結果に応じて報酬が決まる仕組みが用意されました。
重要なのは、実際の条件は同じでも、説明の仕方だけを変える点です。

ある条件では、「正しく行えば報酬がもらえる」と説明されます。
別の条件では、「間違えると報酬を失う」と説明されます。

結果として得られる金額は同じです。違うのは、「得をする話し方」か、「損を避ける話し方」か、という点だけです。

心理学の理論では、損失を強く意識させると、人はよりリスクの高い、あるいはルールから外れた行動を取りやすくなると考えられてきました。
この研究は、その考えが本当に成り立つのかを確かめようとしました。


結果は意外だった

実験の結果、「得」と「損」の言い方の違いによって、不正の量が大きく変わることはありませんでした。

損を強調した説明を受けたからといって、人が明確にズルを増やしたわけではなかったのです。
少なくとも、この実験の範囲では、「損をしたくない気持ち」だけで不正が増えるとは言えませんでした。

これは、「損失回避が不正を強く後押しする」という単純な見方に、慎重になる必要があることを示しています。


それでも変わったものがあった

一方で、はっきりとした違いが見られた要素があります。
それは、対面か、オンラインかという違いです。

同じ課題、同じ報酬条件であっても、オンライン環境で参加した人たちは、対面で参加した人たちよりも、不正を行う割合が高くなりました。

この差は、「得」か「損」かという説明の違いとは独立して見られました。
つまり、環境そのものが、人の行動に影響していたのです。


なぜオンラインだとズルが増えるのか

研究者たちは、この結果を「匿名性」や「心理的距離」の影響として解釈しています。

対面の場面では、実験者や他者の存在を強く意識します。
誰かに見られているという感覚は、無意識のうちに行動を抑制します。

一方、オンラインでは、そうした感覚が弱まります。
画面越しのやり取りでは、「自分の行動が誰かにどう見られているか」を感じにくくなります。

その結果、普段ならしないような小さなズルが、起こりやすくなる可能性があります。


「悪い人が増えた」のではない

この研究が示しているのは、「オンラインだと人は道徳心を失う」という話ではありません。
重要なのは、人の性格が変わったわけではなく、状況が行動を変えているという点です。

同じ人でも、置かれた環境によって、行動のハードルは変わります。
オンライン環境は、そのハードルを少し下げてしまうことがある、ということです。


私たちの日常への示唆

この結果は、リモートワーク、オンライン試験、ネット上の評価制度など、現代社会のさまざまな場面に関係します。

不正やルール違反を防ぐために、「損を強調する説明」を増やすよりも、
人と人のつながりや、行動が誰かと共有されている感覚をどう保つかが、より重要なのかもしれません。

オンラインという便利な環境が広がるほど、
「人はどんな状況で、どんなときに、少しだけズルをしてしまうのか」
その理由を丁寧に理解することが、これまで以上に求められているようです。

(出典:Discover Psychology DOI: 10.1007/s44202-025-00494-6


テキストのコピーはできません。