- 否定的フィードバックには「個人への評価」と「課題への評価」の2つがあり、それぞれ創造性への影響が違う。
- 課題への否定は前向きな感情をあまり落とさず、アイデアの数や新しさを高めやすい。
- 最も効果が高いのは、考え方や取り組み方を具体的に変える支援で、感情だけのケアより創造性を安定して伸ばす。
否定的なフィードバックは、創造性を壊すのか。それとも育てるのか
誰かに評価されるとき、否定的な言葉は避けられません。
仕事の改善点を指摘されることもあれば、作品に対して厳しいコメントを受けることもあります。
こうした否定的なフィードバックは、私たちの創造性にとって「害」なのでしょうか。それとも「刺激」になるのでしょうか。
この素朴で切実な問いに、心理学の視点から丁寧に向き合った研究があります。
中国の
浙江外国語学院 教育学院、
上海交通大学 心理カウンセリングセンター、
華東師範大学 心理学・認知科学学院
の研究チームは、否定的フィードバックの向けられ方の違いが、人の創造性にどのような影響を及ぼすのかを、複数の実験によって検証しました。
「何が悪いか」ではなく、「どこに向けられるか」
この研究の中心にあるのは、「否定的フィードバック階層」という考え方です。
これは、否定的な評価がどのレベルに向けられているかに注目する視点です。
研究では、否定的フィードバックを主に2種類に分けています。
ひとつは、個人否定的フィードバックです。
「あなたは創造性が低い」「能力が足りない」といったように、人の性質や能力そのものに向けられた評価を指します。
もうひとつは、課題否定的フィードバックです。
「このやり方ではうまくいっていない」「別の方法を考えてみてほしい」といったように、取り組んでいる課題や方法に焦点を当てた評価です。
一見すると、どちらも「否定的」である点は同じですが、研究チームは、この違いが創造性に与える影響は大きく異なるのではないかと考えました。
創造性は、感情と考え方の影響を強く受ける
創造性は、単なる才能ではありません。
新しいアイデアを生み出すためには、気持ちの状態や、考え方の柔軟さが大きく関わっています。
研究チームは、否定的フィードバックが創造性に影響する過程として、特に次の2つに注目しました。
ひとつは、ポジティブな感情です。
前向きな気分は、視野を広げ、自由な発想を助けることが知られています。
もうひとつは、戦略の修正です。
うまくいかなかったときに、「別のやり方を試してみよう」と考えられるかどうか。この思考の切り替えが、創造性には重要だとされています。
実験1:どんなフィードバックが、気持ちを変えるのか
最初の実験では、大学生を対象に、
個人否定的フィードバック、
課題否定的フィードバック、
フィードバックなし
の3つの条件を比較しました。
その結果、重要な違いが明らかになりました。
課題否定的フィードバックを受けた人は、ポジティブな感情の低下が小さく、アイデアの数や新しさが向上する傾向を示しました。
一方、個人否定的フィードバックを受けた人は、ポジティブな感情が大きく低下し、創造性の向上は見られませんでした。
否定的な内容そのものよりも、「自分が否定された」と感じるかどうかが、感情に強く影響していたのです。
実験2:創造性を分けたのは、努力ではなかった
次の実験では、「やる気」や「努力量」が違いを生んでいるのかが検証されました。
結果は意外なものでした。
自己申告によるやる気の高さには、フィードバックの種類による大きな差は見られませんでした。
それでも、創造性には明確な差がありました。
違いを生んでいたのは、戦略を修正したかどうかでした。
課題否定的フィードバックを受けた人は、「別の考え方を試す」「発想の方向を変える」といった工夫を多く行っていました。
そして、この戦略の修正が、創造性の向上を完全に説明していたのです。
実験3:否定されたあと、どう立て直せばよいのか
最後の実験では、個人否定的フィードバックを受けたあとに、どのような支援が有効かが検討されました。
研究チームは、
気持ちの捉え方を変える支援、
考え方や取り組み方を変える支援、
その両方を組み合わせた支援
を比較しました。
結果として、最も安定して創造性を高めたのは、考え方や戦略を具体的に変える支援でした。
感情の整理だけでは、創造性の回復には十分ではなかったのです。
否定的フィードバックが示す、静かな教訓
この研究が示しているのは、
「否定的なフィードバックは悪いものだ」
という単純な結論ではありません。
重要なのは、
人を否定するのか、取り組みを見直すのか
という違いです。
創造性は、自尊心が傷ついた状態では育ちにくく、
「どうすればよくなるか」を考えられる余白があるときに、静かに伸びていきます。
否定的な言葉を使うとき、あるいは受け取るとき、
その矢印がどこに向いているのか。
この研究は、その問いを私たちに投げかけています。
(出典:BMC Psychology DOI: 10.1186/s40359-025-03642-8)
