人はなぜ、同じ世界でこんなにも価値観が違うのか?

この記事の読みどころ
  • 人の価値観は、三つの課題のバランスで決まる可能性があるとこの研究は考えています。
  • その三つの課題は自己強化、成長、保全で、どれを強く感じるかで重視することが変わります。
  • パレート分析で価値観を三角形の分布として表し、年齢や宗教の影響で重心が動くことも示しています。

人はなぜ、価値観が違うのか

同じ社会に生き、似たような情報に触れていても、人によって「大切だと思うこと」は大きく異なります。成功や地位を重視する人もいれば、成長や自由を大事にする人、伝統や秩序を守ることに価値を感じる人もいます。
この違いは、単なる性格や文化の違いなのでしょうか。それとも、もっと根本的な仕組みがあるのでしょうか。

イスラエルの研究チームは、この問いに対して「人間の価値観は、いくつかの適応的な課題(adaptive tasks)のあいだでのトレードオフによって形づくられている可能性がある」という視点から検討しました。

価値観を「最適化問題」として捉える

この研究の特徴は、**パレート分析(Pareto analysis)**という方法を心理学に応用した点にあります。
パレート分析とは、本来は生物学や工学、経済学で用いられてきた考え方で、「複数の重要な課題を同時に完全に満たすことはできないとき、人はそれらのあいだで最適なバランスを取る」という前提に立ちます。

研究者たちは、人間の価値観も同じように、複数の重要な課題を同時に抱えながら、そのあいだで折り合いをつけた結果として現れているのではないか、と考えました。

膨大なデータから見えてきた三角形

分析に用いられたのは、ヨーロッパ社会調査(ESS)に参加した約41万人分の価値観データです。
さらに、世界価値観調査(WVS)という別の国際データでも、同じ分析が行われました。

価値観の構造を統計的に整理すると、人々の価値の分布は、平面上で「三角形」の中にきれいに収まることが分かりました。この三角形の頂点は、それぞれ異なる「適応的な課題」を最も強く反映した状態を表しています。

三つの適応的な課題

研究では、次の三つの課題が見いだされました。

自己強化(Self-enhancement)

この課題に近い価値観では、権力や達成といった「自分の成功」や「社会的優位」を重視する傾向が強くなります。
一方で、他者全体への配慮や普遍的な平等といった価値は相対的に弱まります。

成長(Growth)

成長の課題では、自律性、好奇心、刺激、他者への配慮などが重視されます。
変化を受け入れ、新しい経験を通じて自分や世界を広げていく方向性が特徴です。

保全(Conservation)

保全の課題に近い価値観では、伝統、秩序、安全、安定が重視されます。
社会のルールや慣習を守り、現状を維持することに価値が置かれます。

「あり得るはずの価値観」が存在しない理由

シュワルツの価値理論では、理論上はさまざまな価値の組み合わせが可能だとされています。
しかし今回の分析では、「理論的には可能だが、実際のデータにはほとんど存在しない価値の組み合わせ」があることが示されました。

研究者たちは、これを「適応的ではないバランス」だと解釈します。
つまり、人間が現実の社会環境で生きる上で、三つの課題のバランスとして成立しにくい価値観の配置は、自然と選ばれにくい、という見方です。

年齢や宗教は価値観をどう変えるのか

この三つの課題は、国や文化、宗教の強さ、年齢層が異なっても共通して見られました。
つまり、特定の文化だけの特徴ではなく、人間一般に共通する構造である可能性が示されています。

ただし、年齢や宗教心の強さによって、「どの課題にどれくらい重心が置かれるか」は変化します。
年齢が上がるほど、また宗教心が強いほど、保全の方向に重心が移り、自己強化の要素は弱まる傾向が見られました。
一方で、成長の課題は、年齢や宗教の影響を比較的受けにくいことも示されています。

人は分類される存在ではない

この研究で重要なのは、「人を三つのタイプに分けた」という話ではない点です。
パレート分析は、人をどれか一つの型に当てはめる方法ではありません。

一人ひとりが、三つの課題のあいだで異なるバランスを取りながら生きている。
その連続的な分布全体を捉えた結果として、三角形の構造が見えてきた、という位置づけです。

価値観を「理由のあるもの」として見る視点

この研究は、「価値観の違い」を善悪や正誤で判断するのではなく、
それぞれがどの課題とのバランスの中で生まれているのか、という視点を与えてくれます。

なぜ、ある人にとって大切なものが、別の人にはそう感じられないのか。
その背景には、適応の仕方の違いという「理由」があるのかもしれません。

この視点は、価値観の対立やすれ違いを、少し違った角度から見直す手がかりを残しています。

(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-025-00382-8


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