うれしい話は電話で足りるのに、つらい話はなぜ会ってしたくなるのか?

この記事の読みどころ
  • 対面でも電話でもポジティブな言葉は気分と結びつくが、ネガティブな感情は対面の場で言葉に出やすい傾向がある。
  • この研究はテキサス大学オースティン校の高齢者266人を対象に、3時間ごとの記録と生活音の録音で日常の会話を分析した。
  • ポジティブな言葉が多いとその場の気分も良くなりやすいが、どちらが強いかは状況次第で、普段あまり会わない人ほど効果が大きい。

会って話すのと、電話で話すのは、気持ちの出方が少し違う

同じ「話す」でも、相手と直接会っているときと、電話で声だけで話しているときでは、こちらの感情の伝え方が変わるのではないか。
とくに高齢期では、人との関わり方がその日の気分や生活の満足感に強く結びつくと考えられています。しかし、日常の中で「どの場面で、どんな感情が言葉として出てくるのか」、そしてそれがその瞬間の気分とどう結びついているのかは、これまで細かくは捉えられてきませんでした。

この研究は、そうした「生活の中の会話」を、その場その場で丁寧に追いかけることで、対面と電話の違いを描き出しています。本人の記憶や印象に頼るのではなく、日々の出来事と実際の言葉を積み重ねて分析した点が特徴です。

どこの組織による研究か

この研究を行ったのは、アメリカ合衆国のテキサス大学オースティン校です。
同大学の人口研究センターや、人間発達・家族科学分野に関わる研究者たちが中心となって実施されました。

研究のやり方は、かなり「生活そのもの」

参加したのは、65歳から90歳までの高齢者266人です。研究は、数日間にわたって、参加者の日常生活の中で行われました。

記録は大きく分けて二つあります。

一つ目は、3時間ごとに「その3時間に誰と関わったか」「対面だったか、電話だったか」「そのときの気分はどうだったか」を本人が入力する方法です。あとから思い出してまとめるのではなく、「いまの状態」をその都度記録していくやり方です。

二つ目は、生活音を短時間だけ自動で録音する方法です。参加者は小さな端末を持ち歩き、一定の間隔で、30秒ほど周囲の音が記録されます。研究者が会話を盗み聞きするのではなく、生活の流れの中に自然に混ざった「会話の断片」を集める仕組みです。

こうして集まった音声は10万件を超えました。そこから、参加者本人が話している部分だけが書き起こされ、その言葉の中に、ポジティブな感情やネガティブな感情を表す言葉がどれくらい含まれているかが分析されました。

対面と電話、どちらが多かったか

3時間ごとの記録を合計すると、対面でのやりとりだけがあった時間帯が最も多く、電話だけの時間帯はそれよりかなり少ない割合でした。
この集団では、日常生活の中で、電話よりも対面での関わりが多かったことになります。

いちばん大事な結果は「ポジティブは両方、ネガティブは対面」

分析の中心になったのは、「その人自身の普段」と比べてどう変わるか、という見方です。人と人を単純に比べるのではなく、「いつもより対面が多い時間帯」「いつもより電話が多い時間帯」に注目しました。

その結果、次のことが見えてきました。

対面で人と関わった時間帯では、ポジティブな感情を表す言葉が増えていました。
電話で関わった時間帯でも、同じようにポジティブな感情語は増えていました。

一方で、ネガティブな感情を表す言葉が増えていたのは、主に対面の場面でした。電話でのやりとりでは、ネガティブ感情とのはっきりした結びつきは見られませんでした。

つまり、明るい気持ちは対面でも電話でも言葉にしやすいけれど、しんどさや不満といった気持ちは、顔を合わせているときのほうが言葉として出やすい、という傾向が示されたのです。

感情を言葉にすると、気分はどう変わるのか

次に注目されたのは、感情を表す言葉と、その時間帯の気分との関係です。

ポジティブな感情語が多く使われていた時間帯ほど、気分もポジティブである傾向がありました。
一方で、ネガティブな感情語を多く使ったからといって、その時間の気分が良くなる、あるいは悪くなる、と一概には言えない結果でした。

ネガティブな気持ちを言葉にすることの意味は、その内容や相手、タイミングによって変わる可能性がある、ということです。「言えばスッキリする」とも、「言うと余計につらくなる」とも、一律には言えません。

対面と電話で、ポジティブの効果は変わるのか

では、ポジティブな言葉が気分を押し上げる力は、対面のほうが強いのでしょうか。

この点については、少なくとも3時間単位で見る限り、対面か電話かによって、ポジティブ感情語と気分の結びつきが大きく変わるとは言えませんでした。
声だけのやりとりでも、ポジティブな言葉は、その時間の気分と十分に結びついていたのです。

普段あまり会えない人ほど、ポジティブの伸びが大きい

もう一つ、静かに重要な結果があります。

それは、普段あまり対面で人と会わない人ほど、ポジティブな感情を言葉にしたときの気分の上がり方が大きかった、という点です。

対面の機会が限られている人にとって、ポジティブなやりとりは、その瞬間の気分により強く作用する可能性があります。これは、支援や人とのつながりを考える上で、見落とされやすいポイントです。

対面と電話、それぞれの役割

この研究は、「対面が良くて、電話は劣る」といった単純な話をしているわけではありません。

ポジティブな気持ちは、対面でも電話でも言葉にできる。
一方で、ネガティブな気持ちは、対面のほうが言葉にしやすい傾向がある。

そこには、表情や間、反応といった、対面ならではの要素が関わっている可能性があります。ただし、そのことがそのまま気分の改善につながるかどうかは、状況次第です。

この研究が残した余白

ネガティブな感情を言葉にすることは、良いとも悪いとも一概には言えません。
対面と電話の違いも、「どちらが正しいか」ではなく、「どちらが何を運びやすいか」という違いとして描かれています。

明るい気持ちは、声だけでも伝えられる。
しんどい気持ちは、顔を合わせたほうが出やすいことがある。

その違いを知ったうえで、自分の日常のやりとりを少しだけ眺めてみる。
この研究が促しているのは、そんな静かな視線なのかもしれません。

(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-025-00337-z


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