- 共同作業で原因が分かりにくいとき、自分の影響を知るためにわざと大きな失敗をすることがある。
- こうした「能動的なあいまいさの解き方」は、状況が分かりにくいときに多く現れ、原因がはっきりしているときには少なくなる。
- 脳の上縁回と呼ばれる部分が、状況の分かりにくさや自分がどのくらいコントロールできているかと関係して活動していた。
あえて失敗するのは、共同作業で「自分の影響」を知るためなのか
誰かと一緒に作業をしているとき、結果がうまくいかなかった理由がはっきりしないことがあります。
自分のやり方が悪かったのか、それとも相手の影響なのか。あるいは、どちらでもない別の要因なのか。
この論文は、そうした日常的な迷いを、かなり意外な角度から捉えています。
人は共同作業の中で、「自分がどれくらい結果に影響しているのか」を知るために、あえて極端な失敗をすることがあるというのです。
この研究は何を明らかにしようとしたのか
研究のテーマは、「原因の切り分け」です。
複数の人が関わる状況では、結果の原因が混ざり合い、誰の影響なのかが分かりにくくなります。
研究者たちは、人がそのあいまいさに直面したとき、ただ受け身で結果を眺めるのではなく、
原因が分かるように自分から行動を変えるのではないかと考えました。
その中で注目されたのが、
「一見すると意味のない、あるいは自分に不利な行動」です。
実験で使われた「共同作業」の課題
実験参加者は、短いゲームを繰り返し行いました。
その結果は、自分の出来と、相手の出来が混ざった形でフィードバックとして返ってきます。
重要なのは、参加者が目指すのが「勝つこと」ではなかった点です。
報酬は、ゲームの上手さではなく、
-
自分の出来はどれくらいだったか
-
相手の出来はどうだったか
-
自分はどれくらい結果をコントロールできていたか
こうした評価を、どれだけ正確に行えたかで決まる仕組みでした。
つまり参加者は、「成功」よりも「理解」を優先する状況に置かれていたのです。
わざと大失敗する行動が現れた
この実験で、研究者たちは興味深い行動に気づきました。
参加者の中には、ときどき誰が見ても明らかな大失敗をする人がいたのです。
たとえば、まだ反応するはずのないタイミングで反応してしまうなど、
偶然とは考えにくい、極端なミスです。
研究では、こうした行動を
「能動的にあいまいさをほどく行動」と位置づけました。
なぜなら、この失敗によって、
-
「自分が結果に影響している部分」
-
「相手の影響が強い部分」
が、はっきり分かれるからです。
失敗は「混乱しているとき」に増えていた
分析の結果、このような極端な失敗は、
結果の原因が分かりにくい状況で多く現れていました。
逆に、
-
自分だけが結果を決める場面
-
原因がはっきりしている場面
では、こうした行動はほとんど見られませんでした。
参加者自身の報告からも、
「意図的にやっていた」と答える人が多く、
うっかりミスではないことが示されています。
脳の中では何が起きていたのか
この研究では、脳画像データも分析されています。
その結果、上縁回と呼ばれる脳の領域が、重要な役割を果たしていることが分かりました。
この領域は、
-
状況がどれだけ分かりにくいか
-
今、どれくらい自分がコントロールできているか
といった情報と関係して活動していました。
つまり、「分からない」「だから試す」「そこから学ぶ」という流れが、
脳の中でも一連の過程として処理されている可能性が示されたのです。
人は責任を押しつける前に「試している」
この研究が示しているのは、
人が必ずしも感情的に責任を押しつけているわけではない、という点です。
分からないとき、私たちは、
-
やり方を少し変えてみる
-
あえて極端な行動をしてみる
-
影響の出方を確かめる
といった、小さな実験をしているのかもしれません。
それは「自分を責めるため」でも、「相手を責めるため」でもなく、
状況を理解するための行動だと考えることができます。
この研究から残る問い
この論文は、特定の心の問題を扱った研究ではありません。
しかし、「コントロール感」や「原因のとらえ方」は、
私たちの心理的な安定とも深く関わるテーマです。
-
現実の職場や家庭では、こうした行動はどんな形で現れるのか
-
失敗が学びにつながる場合と、そうならない場合の違いは何か
こうした問いは、これから考えていく必要があります。
原因が分からないとき、人はただ立ち尽くすのではなく、
分かるための行動を選ぶことができる。
この研究は、その人間らしい姿を、静かに示していました。
(出典:Nature Communications DOI: 10.1038/s41467-025-67853-8)
