厳しさではなく、失敗を許すことが人を動かす

この記事の読みどころ
  • 失敗を許す職場だと、仕事に集中できる気持ち(フロー)が生まれやすく、前に出て改善しようとする行動が増える可能性がある。
  • この変化は「失敗を学びにする文化」→「没頭できる心理状態」→「主体的な行動」という順で起きる。
  • 成長したい気持ちが強い人ほど影響を受けやすく、環境と内側の動機の両方がそろうと行動が変わりやすい。

失敗してもいい職場では、人はなぜ前に出るのか

仕事の現場では、「決められた役割をきちんとこなすこと」が長く重視されてきました。しかし、変化の速い社会の中では、それだけでは足りなくなっています。決められていないことに気づき、やり方を変え、より良くしようとする行動が、組織の中で求められるようになっています。

こうした行動は、研究の世界では「テイキング・チャージ行動」と呼ばれています。自分の担当範囲を少し越えてでも、仕事の進め方や仕組みを良くしようとする、自発的で建設的な行動のことです。

では、人はどんな職場で、このような行動を取りやすくなるのでしょうか。
この問いに対して、中国の企業で働く知識労働者を対象に行われた研究が、ひとつの手がかりを示しています。

この研究を行ったのは、マカオ科技大学 ビジネススクールの研究チームです。


「失敗を許す職場」という視点

研究の中心にあるのは、「組織の失敗許容度」という考え方です。
これは、ミスや失敗が起きたときに、個人を強く責めたり罰したりするのではなく、「そこから何を学べるか」を重視する職場の姿勢を指します。

失敗を完全になくすことはできません。それでも、失敗した瞬間に評価が下がる、居場所がなくなる、という不安が強い職場では、人は自然と慎重になります。新しいことに挑戦するよりも、無難な選択を選びやすくなります。

一方で、失敗を学びとして扱う職場では、試してみること自体が肯定されます。この違いが、人の行動にどのような影響を与えるのかを、研究チームは丁寧に調べました。


仕事に「没頭する感覚」が鍵になる

この研究で重要な役割を果たしているのが、「仕事中のフロー体験」です。
フロー体験とは、目の前の作業に深く集中し、時間を忘れるほど没頭している状態を指します。苦しさよりも、心地よさや充実感が前に出る状態です。

研究では、失敗を許す職場ほど、このフロー体験が起こりやすいことが示されました。
失敗しても大きな罰を受けないという安心感があると、不安や緊張が下がり、目の前の仕事に意識を向けやすくなります。その結果、仕事に深く入り込みやすくなるのです。

そして、このフロー体験こそが、テイキング・チャージ行動につながる重要な橋渡し役になっていました。


直接ではなく、感覚を通じて行動が変わる

研究結果が示しているのは、少し間接的な流れです。

「失敗を許す職場」
→「仕事に没頭できる感覚が高まる」
→「自分から改善しようとする行動が増える」

失敗を許す姿勢そのものが、直接すぐに行動を変えるというよりも、まず働く人の心理状態を変えます。その心理状態の変化が、結果として行動に表れてくる、という構造です。

この点は、「やる気を出せ」「もっと主体的に」と声をかけるだけでは、人はなかなか動かないことを示唆しています。行動の前には、安心感や没頭感といった、内側の状態が必要なのです。


成長したい人ほど影響を受けやすい

さらに研究では、「成長欲求」という個人差にも注目しています。
成長欲求とは、仕事を通じて学びたい、能力を伸ばしたい、達成感を得たいという内側の欲求の強さを指します。

結果として、成長欲求が高い人ほど、失敗を許す職場の影響を強く受けていました。
同じ職場環境でも、成長したいという思いが強い人は、安心できる環境の中でより深く仕事に没頭し、その結果、改善行動を取りやすくなっていたのです。

逆に言えば、成長への関心が低い人にとっては、職場がどれだけ失敗に寛容でも、フロー体験や主体的行動にはつながりにくい場合がある、ということも示されています。


「やる気」は命令では生まれない

この研究が示しているのは、主体性や前向きな行動は、外からの指示や評価制度だけで作れるものではない、という点です。

人が自分から一歩前に出るためには、

  • 失敗しても大丈夫だと思える環境

  • 仕事に集中できる心理状態

  • 成長したいという内側の理由

これらが重なり合う必要があります。

「失敗してもいい」と言葉で伝えるだけでは足りません。実際に、失敗したときにどう扱われるか、そこに学びがあると感じられるかが重要です。その積み重ねが、仕事への没頭感を生み、結果として行動を変えていきます。


組織ができること、個人が感じること

研究チームは、実務的な示唆として、組織が失敗を学びとして扱う文化を育てることの重要性を指摘しています。挑戦を歓迎し、試行錯誤を前提とした仕事の設計が、人の主体性を引き出す可能性があるからです。

同時に、この研究は、すべての人が同じように反応するわけではないことも示しています。成長したいという感覚が強い人ほど、環境の影響を受けやすいという点は、個人の内側にも目を向ける必要があることを教えてくれます。


行動の前にある「理由」

理由研究所の視点から見ると、この研究はとても象徴的です。
人が行動しないとき、それは怠けているからでも、意欲がないからでもなく、行動するための「理由」が、まだ心の中に整っていないだけかもしれません。

失敗を恐れずに集中できる環境。
成長したいと思える余白。

その両方がそろったとき、人は自然と、前に出る理由を見つけていくのかもしれません。

わからなくても、理由はある。
この研究は、そう静かに語りかけてきます。

(出典:BMC Psychology DOI: 10.1186/s40359-025-03717-6


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